2.日本語一手話同時通訳研究

では、手話通訳についてはどうでしょうか。日本における手話通訳の実証的研究はほとんどなされていないのが現状ですが、白津(2002,2003)、白津・斎藤(2002)は日本語から手話への同時通訳を取り上げ、通訳作業について詳細な分析を行っています。この研究は我が国における初めての本格的な手話通訳研究となっているため、やや詳しく内容を紹介することにします。
ここでは手話通訳者が同時通訳中に用いている技法について分析するため、6通りの通訳例を収集し比較検討しています。いずれも通訳の元になった音声はまったく同じもので、8分程度の通訳時間のうち、5分間を取り出して分析しています。6例のうち3例は通訳経験の豊富なベテランの通訳者による通訳(話をわかりやすくするために以下熟達群と記述します)、残りの3例は通訳の勉強をはじめてまもない訓練生や現場経験の少ない通訳者による通訳でしたが(以下、未熟達群と記述します)、興味深いことに熟達群および未熟達群の通訳者が用いている通訳方法にはそれぞれかなり共通した側面がみられ、これらが通訳の結果すなわち全体的なわかりやすさに影響を与えているのではないかと考えられました。
まず始めに、通訳例で伝達されている情報の量や用いられている手話単語の語数といった量的側面について分析したところ、熟達群では産出されている手話単語の数が多く、訳出率も85%90%程度であるのに対し、未熟達群では8050%と事例によって大きな開きがみられ、最も経験の短かった訓練生では50%の訳出にとどまっていました。これには、やはり手話の産出に多くの負荷がかかっている点が影響しているようです。しかし、どの通訳例においても単純に原文を頭から訳出しているのではなく、内容をよりよく伝える重要語が選択的に通訳されていて、この傾向は全体的な訳出率の小さい例ほど強くなっていました。つまり、未熟達群では原文全体は伝えきれないため、できる限り重要な部分だけをひろって通訳しようという傾向があり、熟達群では重要な部分のみではなく枝葉末節に含まれる余談やその他のニュアンスを余さず伝えようとしていることが推察されます。通訳例を見たろう者が熟達群の通訳の方が訳出にふくらみがあって話に引き込まれると表現していましたが、これには訳出の際に重視しているポイン卜の違いが影響しているのではないかと思います。
通訳者が用いている変換の方略としては、(表2)に示すように「省略」「言い換え」「付加」「圧縮・統合」「同等」の5つにわけで分析をしましたが、全体的に日本語に対応した手話などを用いて表す「同等」が最も多く見うけられ、「同等」および「言い換え」「付加」の出現数は6例ともほぼ共通していたのに対し、「圧縮・統合」ゃ「省略」の量は全体の訳出率と密接に関係しており、熟達群では「圧縮・統合」の出現頻度が非常に高く、未熟達群では「省略」が多いこと、しかもその出現数は互いに反比例していることがわかりました。つまり「圧縮・統合」の多い通訳例ほど「省略」が少なく、「省略」が多い通訳例ほど「圧縮・統合」が少なく出現し、しかも訳出率が低くなっているわけです。「圧縮・統合」は、原文で用いられている内容を、より少ない数の手話を用いて圧縮的に表現するもので、この中にはたとえば、動詞の運動軌跡の起点・終点を変化させることで主語や目的語を表示したり({言う}→{3ー言う一1}注1:彼に言われる)、非手指動作を同時的に結合することで副詞的な意味を付加する({持(一生懸命)っていく}→{持っていく}注2:一生懸命持っていく)など、手話に特徴的な文法的要素を用いた表現が多く含まれています。すなわち、熟達群の通訳者は単純に数多くの手話単語を表出しているばかりか、同じ語数であっても熟達した手話のスキルにより未熟達群よりも多くの内容の伝達が可能で、結果として訳出率も高くなっていると言えます。
また、その他の変換方略についてもそれぞれに熟達群と未熟達群で特徴的な使用の状況が顕著になりました。まず「省略」については、未熟達群ほど「省略」の出現頻度が高いことは先ほど触れた通りですが、「省略」の内容を、(表2)に示すような3種類に分類して検討したところ、熟達群ではほとんどが「意図的省略」であったのに対して、未熟達群ではやはり「脱落」ゃ「訳出不可」の出現数が多く、訳出の状態をコントロールしきれていないことがわかりました。また、同じ「意図的省略」でも熟達群は語の繰り返し部分に省略が多く出現しているのに対し、未熟達群ではこれに加えて「よく」「いろんな」「特に」「さんざん」「たった」「ほとんど」といった副詞的表現の省略が多くみられるという調査がありました。さらに未熟達群の通訳例の中には、訳出が追いつかなくなる部分で、多く「意図的省略」を用い、簡略化して伝えることで原文に追いついている様子が共通して認められ、省略を技法的に用いることで脱落を回避していることがうかがえました。同時に、こうした技法だけでは処理しきれない程度の遅れが生じてしまった部分については、それに続く1節が「脱落」し、仕方なくしは、らく原文を聞いて流れをつかんだ後ー(「訳出不可」)、新たに出現した文章の訳出に取り掛かるような場面も見られました。
次に「言い換え」については、表2に示した分類のうち、熟達群では原文に含まれる指示語や暖昧な語句の内容を明示的に示すタイプ、未熟達群では手話単語と単純には対応していない語について別の語に言い換えて表示するタイプのうち、特に手話では表しにくい部分を言い回し自体を換えて簡潔に表現する手法が多用されていました。また、熟達群が用いている言い換えの多くが、下位概念への言い換え、つまり暖昧な語句をより具体的な方向に置き換えるものであったのに対し、未熟達群の言い換えの多くが特定のニュアンスを含んだ語をより一般的な語に置き換える上位概念への言い換えとなっていて、言い換えた結果、原文のニュアンスやふくらみが失われてしまっているものも少なからず見受けられました。
この他「付加」については、「つまり」「たとえば」など接続詞などを付加することで、文章の構造を明確にする「整理・修正」が熟達群によって効果的に使用されていることや、指文字や語に対応した手話など「原語借用」的な表現は、熟達群では原文の用語をそのまま理解してもらう目的で他の表現との併用によって使用されていたのに対し、未熟達群では通訳者自身が手話を思いつかなかったり、知らなかったりする際に代用的に用いられているなど機能が異なっていることがわかりました。
このように見てくると、これまで通訳の「上手さ」というものが分析的に記述されてこなかったことが不思議なほど、かなり多くの技法が含まれ、しかも通訳者によってかなり共通していることがわかります。もちろんこれらの技法を用いることが本当に「いいj通訳につながっていくのかは今後検討しなければいけませんし、通訳の文脈のどの部分で用いることが効果的なのかも分析が必要でしょう。しかし、これまで暖昧にされてきたことを明示的に示すことで今後の養成や通訳トレーニングに大いに生かせる可能性がひらけたことは事実でしょう。

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