2)動詞の屈折と位置の一致

また、手話言語の音韻パラメータの1つである「位置」の変化は、特に動詞において、主語や目的語の関係によっておこります。すなわち、手話言語の動詞の屈折は、運動の始点と終点の位置を主語と目的語に一致させることによって表されます。日本手話の動詞は、手の動きの始点と終点がそれぞれ主語と目的語に一致するものとしないものがあります。例えば、
{電話をかける}{あげる}{言う}のような手話単語は、運動の始点が動作の主体に一致し、運動の終点が動作の対象に一致します。例えば、「彼があなたに電話をする」と手話で表す場合、電話をするという動詞の始点は、斜め前方の「彼」という手話を作った位置になり、自分の前方の「あなた」の位置が運動の終点になります。このように、動詞の意味を表す部分と主語を表す部分と目的語を表す部分が一体になり、{彼があなたに電話をする}という1つの単語を作っているのです。主語や目的語によって引き起こされる語形変化を動詞の屈折といいます。
一方で、{遊ぶ}{好き}のような手話単語は、屈折をせず、主語や目的語は語順や指さしによって表されます。すなわち、日本手話の動詞は、屈折するものと屈折しないものがあり、動詞を使うとき、屈折する場合は主語や目的語に動詞の運動の始点と終点が一致していなければならず、屈折しない場合には指さしゃ語順を使って主述関係を明らかにしなければならないということになります。このような複雑な動詞の語形変化システムを持つ手話の動詞を、手話言語環境にあるろう児はどのように獲得するのでしょうか。このような動詞の屈折システムは、アメリカ手話も日本手話もよく似ているので、アメリカ手話の獲得研究を少し見てみましょう。
ろうの両親を持つろう児における縦断的な手話言語獲得研究によって、手話言語の動詞の一致の獲得に関するおおよその指標が明らかになってきました(Fischer,1973;Kantor,1982;Meier,1987)。これらの研究から、おおよそ2歳6ヶ月までは、動調を屈折させない辞書形を用い、主語や目的語などの文法的な関係は、アメリカ手話の基本的な語順であるとされるsvOという語順で表されるということがわかってきました。その後、2歳6ヶ月を過ぎると、動詞の始点と終点を主語と目的語に一致させるような動詞の一致が観察され始め、3歳前後に手話言語の動詞の屈折システムが完成し、的確に動詞を使用するようになるといいます。おおよそ3歳で動詞の屈折システムを獲得するという知見は、同じく複雑な動詞の屈折システムを有しているドイツ語やフランス語を獲得しつつある子どもが3歳以降に正しく動詞を変化させて使い始めるようになるという研究成果とも一致しています。
また、動詞の獲得研究の中で、非常に興味深い誤りについての報告もあります。Fischer(1973)は、この動詞の一致システムは、おおよそ3歳頃までに習得されるけれど、獲得の途中で、音声言語に見られるように、通常屈折しない動詞までも屈折させて使用する過剰般化が見られたことを報告しています。ある文法的ルールを獲得する際、本来ル ルを適用してはいけないものまでそのルルを適用した結果としての誤りを過剰般化といいます。(図7)は、アメリカ手話を獲得しつつある子どもに見られた過剰般化の例です。例えば、アメリカ手話における{LIKE}は、アメリカ手話の単語の中では屈折しない動詞ですが、子どもは胸に接触させた中指を目的物(好きなもの)に一致させて表現しています。同様の誤りが、私の観察していた日本手話を獲得しつつあるろう児にも見られました。日本手話で{知る}という単語は、屈折しない動詞であり、主語が誰であろうとも、常に自分の胸に手を2回当てることによって表されます。ところが、手話言語環境にある2歳半のろう児は、「私もお母さんも絵本の中のクマも知っている」と表すのに、自分の胸を2固たたき、次に母親の胸をたたき、最後に人さし指で絵本の中のクマの胸を2固たたくことによって表しました。
過剰般化は確かに誤りですが、非常に高度な誤りといえます。上記のような誤りが起こるには、子どもは「日本手話の動詞の運動の始点は主語に一致する」ということを理解し、「『知る』というのが動詞である」ことを理解し、「どこに運動の始点を一致させたらいいかJを知っている必要があります。{知る}という手話の動詞は非屈折動詞であることが誤りの原因ですが、これだけのことを理解してないと上記のような誤りは出現しないということになります。
過剰般化は、聴児にも見られます。私が観察していた音声言語環境にある3歳の聴児に、「きれくなし、」という発話が見られました。本来なら「きれいじゃなしリというべきところを「きれくなしリと発話したのです。この誤りは、「きれいだ」という形容動詞の語幹「きれし、」に形容詞の活用を当てはめた結果起こるのですが、この子どもは「「きれし叫は『い』で終わっているから形容詞である」と判断し、「形容詞の活用のしかた」について知っていなければ、このような誤りは出現しえません。過剰般化の例は、言語獲得が単なる大人の模倣によって行われるわけではないということを示しています。
さて、手話の動詞の一致システムの獲得に関して、Meier(1987)は、2つの仮説を立てて、実験的に検討しています。第1の仮説は、空間的類似性モデル(spacialanalogymodel)と呼ばれるもので、意味と言語形式とが非恐意的な関係であるという点に着目して動詞の一致システムを獲得するというものです。第2の仮説は、形態論的モデル(morphologicalmodel)と呼ばれるものであり、音声言語の動詞一致システムと同様に、単語の形態的構造に着目し、一致システムを獲得するというものです。動詞の一致を含んだ手話文を模倣させる実験の結果、形態論的モデルが支持され、音声言語の場合と同様に、手話言語においても動詞の屈折が獲得されることが示されました。つまり、手話が写像的だから主語や目的語に動詞の始点や終点が一致するのではなく、音声言語と同様、文法事項の1っとしての動詞の語形変化として手話の動調の屈折を獲得しているということです。
また、動詞の派生的変形に関する研究も行われています。アメリカ手話では、動詞を名詞化する際、手の動きを縮小し、繰り返すことによって表します。Launer(1982)によると、2歳以前では、手の運動によって動詞と名詞を区別することはありませんが、2歳以降、その区別をし始め、3歳までに動詞の派生規則を獲得したといいます。その際、屈折規則の獲得過程で見られたのと同様に、過剰般化が見られたと報告しています。

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