3.聴覚障害者による手話と日本語の記憶過程とイメージの関係

既に述べたように手話は、手の形・手の位置・手の動き、さらには表情などによって表現され(Stokoe,1960)、視覚により認知される記号システムです。一般に、手話と同様、視覚的に情報を伝える絵のような具象的刺激は、ことばのような抽象的刺激よりも記憶成績がよいことが知られています。これは絵画優位性効果(picturesuperiorityeffect)と呼ばれています。Paivio&Desrochers(1980)は、このことについて具体物を表す英語、フランス語、絵を実験材料として記憶実験を行い、絵画優位性効果を実証し、その説明として二重符号化説(dualcodingtheory)という理論を提唱しました。この理論は、絵の記憶表象システムと言語の記憶表象システムと両システムに共通したイメージ・システムの3つのシステムの存在を仮定し、それぞれが独立して機能するとともに、部分的には相互に結合して機能することを仮定しています。このことから、絵はイメージと言語などの複数の記憶表象システムにより符号化され、言語は言語によってのみ符号化されるゆえ、絵のほうが記憶成績がよいというものです。この説は加算効果の出現の有無を指標として検討され、3つのシステムで符号化される絵による刺激は、lつのシステムでのみ符号化される言語による刺激よりも単語の記憶課題において3倍の正再生数が見られることが報告されています(Paivio,1981)。なお加算効果とは、たとえば第一言語の単語を第二言語の単語に翻訳する場合と第二言語をただ書き写す場合において第二言語の単語の偶発的正再生数を比較すると、加算的にほぼ2対1の関係が見られる現象のことです(松見,1994)。
Paivio&Lambert(1981)の考え方にしたがって聴覚障害者の手話と日本語の記憶過程を考えるならば、手話も絵と同様、視覚的情報であることから手話における符号化がなされ、また日本語システムに存在する手話と意味的に等価な日本語によっても符号化され、さらにはイメージシステムによっても符号化されるものと考えられます。したがって、手話のほうが日本語のみの符号化よりも記憶成績がよいものと予想できます。
しかしながら、手話には、絵のような写像性の高い具体的な記号ばかりではなく、恐意性の高い抽象的な記号まであることが知られています(Baker.&Cokely,1980)。このことから、すべての手話が絵と同様の記憶成績を示すかどうかについては、写像的な手話と抽象的な手話に分けて検討する必要があるといえましょう。
ところで、二重符号化説は、音声言語のパイリンカwルにおける記憶過程にも応用できるものであり(Paivio&Lambert,1986)、これらの研究では2つの言語の習熟度により、符号化の過程が異なることが明らかにされています(Arnedt&Gentile,1986)。聴覚障害者の手話の能力については個人差が大きいことが明らかにされており(長南,1999)、また日本語の能力についても同様の指摘がなされています(斎藤,1999)。したがって聴覚障害者の中には手話と日本語の双方を十分に習得している者、どちらか一方のみの能力が高い者、どちらの能力も低い者がおり、それぞれ手話と日本語の符号化の過程も両者の習熟度の違いにより異なるものと考えられます。そこで、被験者を手話と日本語の能力により分類し、それぞれの群の手話と日本語の記憶成績を比較することにより、符号化過程の異同を検討する必要があるといえます。このことを実験的に検討した研究としては、長南(2004)を挙げることができます。
この研究では、二重符号化説にしたがって聴覚障害者の手話と日本語の2つの言語の記憶過程について明らかにすることを目的としました。被験者は、ろう学校高等部に在籍する生徒34人、ろう学校を23年前に卒業し、日常的に手話を使用している成人聴覚障害者24人の計58人でした。被験者は、手話能力と日本語能力に従って群に分けられました。手話能力については、長南(1999)の手話表現評価尺度の総合得点を用いて、日本語能力については、読書力診断検査を用いて、それぞれの平均点を用いて「手話上位・日本語上位」群14人、「手話上位・日本語下位」群18人、「手話下位・日本語上位」群12人、「手話下位・日本語下位」群14人の4群に分けられました。実験材料は、48個の具体物を表わす名調(写像性の高い写像的手話12個、写像性の低い抽象的手話12個、絵12枚、日本語12個)でした。これを用いて被験者には、「手話を見たら、それを日本語に変えて下さし、。絵を見たらそれを日本語に変えて下さし、。日本語を見たら、それを間違いなく書き写してください。」と伝えました。48個の単語をすべて提示した後、日本語単語の書記自由再生を5分間行ってもらいました。結果を(図4)に示します。日本語単語の記憶について、「手話下位・日本語上位」群では、手話であれば、それが写像的手話でも抽象的手話でも日本語のみの符号化に対する優位性が見られることがわかり、さらにその効果は絵よりも高いものでした。「手話上位・日本語下位」群では、写像的手話と抽象的手話および絵による符号化において日本語のみの符号化よりも優越性が見られました、その効果は「手話下位・日本語上位」群の手話
の優越性よりも低く、また手話の絵に対する優越性は見られませんでした。
「手話下位・日本語上位」群については、絵のみに手話と日本語による符号化に対する優越性が見られ、これはどの群の絵の効果よりも高いものでした。「手話下位・日本語下位」群についても、「手話下位・日本語上位」群と同様に絵のみの優位性が見られたものの、その効果は「手話下位・日本語上位」群よりも低いものであることがわかりました。
次に、各条件間で日本語単語の正再生数の比を算出してみました(表1)。これらの実験結果から、課題の種類により加算効果が見られることが分ります。このことは、聴覚障害者には手話、日本語、イメージの各システムが存在し、さらに聴覚障害者の中には日本語と手話のシステムがそれぞれ独立して機能し、しかもイメージシステムが活性化することにより、日本語と手話の各システムが結合して機能する者がいることを示しています。また、実験の結果では、指示対象が具象的な手話であれば、手話の形態が写像的なものでも抽象的なものでも、ほぼ同様の正再生成績であり、このことは、意味する事物が具体物であれば、どちらの手話もイメージシステムとは同程度に結びつくことが示されています。以下、群ごとに符号化過程の違いを検討してみましょう。
「手話上位・日本語上位」群については、日本語のみの符号化に対する手話の優位性が見られ、その効果は絵よりも高いというものでした。このことから、手話による符号化では日本語という1つのシステムによる符号化や絵という3つのシステム(絵+イメージ+言語)に加え、他のシステムが働いたものと考えられます。それは、手話という手の動きに伴う筋運動感覚のイメージであるということが推察できるでしょう。運動記憶が、音声言語の記憶を促進するという研究は、これまでもいくつか報告されています。例えば、障害のない5歳児の子どもを対象として手の筋運動感覚と語の音韻情報が統合されることを示した研究(遠矢,1992a,1992b)や手を日常的に動かしているろう学校生徒は手話を利用すると日本語の記憶が促進されることを明らかにした研究(Shimizu&Inoue,1988:長南・井上,1998)があります。さらに、Odom,Blanlon&Mclnlyre(1970)は、聴覚障害者が手話を記憶する際に手の運動による符号化がなされることを指摘しています。Odom,etal.(1970)の結果では、手話で表せる英単語の再生成績と手話で表せない英単語の再生成績の比は約2:3でした。この結果は、前述の研究の「手話上位・日本語上位」群における手話の再生成績と日本語の再生成績の比率(3:1)と異なるものの、音声言語単語の再生課題において手話が記憶を促進するという点では一致しています。しかし、本実験において被験者は、実際には子を動かしてはいなかったという批判があるかもしれません。これについては、手話を見たことにより手を動かすことと同様の働きが生じ、筋運動感覚が語の記憶を促進した可能性も考えられます。しかしながら、このような多重符号化とでも呼ぶべき推察が妥当かどうかは本研究で述べられる範囲を超えていることから、ここではその可能性の指摘にとどめ、今後に検討すべき課題としたいと思います。「手話上位・日本語下位」群では、手話が、日本語のみの符号化に対して優越効果をもつことがわかりましたが、その効果については、絵と変わりませんでした。加算効果の結果より、この群の符号化過程を推察すると以下のようになります。松見(1994)は、2つの言語の熟達度が異なる不均衡パイリンガルを被験者として単語の再生テストを行い、このような群では均衡パイリンカルのような加算効果が見られないことを報告しています。この理由として、松見(1994)は、2つの言語の熟達度に差がある場合、熟達度の低い言語のシステムは、均衡パイリンガルと比較すると形成が十分でないので、イメジシステムとの結合が均衡パイリンガルほどなされておらず、したがって言語システムによる符号化がされにくいためと説明しています。「手話上位・日本語下位」群も日本語システム内の語とイメージシステムとの結合が「手話上位・日本語上位」群と比較すると不十分であり、そのために符号化システムの1つで、ある日本語システムを十分に利用できず、日本語、手話、イメージの各システムや手の運動により符号化がなされたものの、結果的に3つの符号化がなされる絵と同様の再生成績になったものと考えられます。「手話下位・日本語上位」群では、絵による提示において最も多くの符号化がなされたものと考えられ、具象的手話、抽象的手話、日本語のみの提示条件間で成績に差はありませんでした。このことから、日本語に高い能力を有し、手話の能力は高くない聴覚障害者には絵画優位性効果のみが見られ、手話の記憶に与える効果は見られなくなることがわかりました。また加算効果の結果からも、「手話下位・日本語上位」群は、「手話上位・日本語上位」群、「手話上位・日本語下位」群と異なり手話、日本語による符号化よりも絵による提示のほうが多くの符号化がなされているといえます。これは、絵の再生成績において「手話上位・日本語上位」群と「手話下位・日本語上位」群は、他の2群と比べて高くなるものと考えられますが、「手話上位・日本語上位」群は、記憶されている項目数が全体的に多く、そのことが再生の全体数に制限を加えることとなり、記憶された項目のすべてが、再生されなかったためではないかとも考えられます。以上のことから、日本語能力が手話能力より高い聴覚障害者については、絵による符号化の場合、絵、イメージ、日本語の3システムによる符号化がなされるが、手話を提示しても手話のシステムが「手話上位・日本語上位」群、「手話上位・日本語下位」群と比較して発達していないことから、符号化の際に手話のシステムが十分に利用できず、したがって再生成績が低かったものと考えられるでしょう。
「手話下位・日本語下位」群についても、「手話下位・日本語上位」群と同様の符号化がなされたものの、どの条件においても「手話下位・日本語上位」群よりも正再生語数が少なくなっていました。「手話下位・日本語下位」群は、手話システムと日本語システムの両方が他の群と比較しでも十分に発達しておらず、このためイメージシステムとの結合や各システム相互の結合も十分になされていないため、本実験のような結果になったと考えられます。
ところで本研究のような実験手続きにより得られた結果は、二重符号化説による考察だけではなく、松見(1994)やPaivio&Lambert(1981)が指摘するように処理水準説(Craik&Lockhart,1972)の観点からも考察が可能です。しかし本研究の結果は、二重符号化説に基づく考察が妥当であると考えています。なぜならば、課題の種類における再生成績の傾向が、群によって異なっていたからであり、このような場合、松見(1994)が指摘するように処理水準説に基づくならば同じ材料を用いて同じ課題を行った場合、処理の深さのみが再生成績に影響を与えるため、どの群の水準聞の再生成績にも同様の傾向が見られるはずです。しかし、「手話上位・日本語上位」群は、手話による符号化が最も再生成績が高く、「手話下位・日本語上位」群は、絵による再生成績が最も高いなど各群の水準聞における再生成積の傾向に違いが見られ、交互作用は統計的に有意でした。したがって本研究の結果は、各群の手話と日本語の能力の違いが各システムの結合の強度に影響を与え、このことが各群の再生成績の傾向に違いを与えたという二重符号化説に基づく考察が妥当であると考えられます。そして、このことからも聴覚障害者は、日本語と手話のシステムがそれぞれ独立して機能し、しかもイメージシステムが活性化することにより日本語と手話の各システムが結合して機能していると考えて差し支えないものと思われます。

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