2.手話とリハーサル方略

記憶に及ぼす手話とリハーサル方略の影響については、ShimizuandInoue(1988)が手話単語を用いて検討しています。この実験的研究は、基本的な手話単語についての知識をもち、かっ先天的な重度聴覚障害児でろう学校の小学部に在籍している生徒を対象として行われました。実験では、(a)手話リハーサル:単語が視覚提示されるたびにそれに対応する手話を実際に行なって記憶する方略(b)指文字リハーサル:単語提示時に指文字でその単語を表現して記憶する方略(c)音声化リハーサル:単語提示時にその単語を音読して記憶する方略という3つのリハーサル方略の使用による効果を比較検討しています。また、この研究では、被験者の自発的なリハーサル活動の内容も検討されました。さらに、リハーサル方略に関する質問紙への回答も求められました。その結果、実験者の教示で、ろう者が手話リハーサル方略を用いた場合は、指文字リハーサルや音声化リハーサルに比べて、自由再生の成績がすぐれているということがわかりました。また、被験者が自由にリハーサル方略を選択で、きるときには、ろう者は、手話やイメージ化に関連したリハーサル方略など、いずれも聴覚システムや構音システムにたよらない方法を用いる傾向が強いことも示されました。さらに、自発的リハサル条件では、音声化リハーサル方略を用いるか否かで記憶成績に2つの異なるパターンが現れることが示されました。
このような結果から、記憶課題におけるリハサル方略は、ろう者の場合、日常のコミュニケション手段と密接に関係していることが明らかにされました。すなわち、被験者が日常的に用いているコミュニケーション手段と性質の類似したリハサル方略を用いると、言語的刺激材料をより適切に彼らのなかで符号化できるために、そうでない場合と比べて記憶の成績が向上するということです。
以上のように、手話の単語レベルにおいては、リハーサルにおける手話使用の効果が確認されました。では、文章レベルでは同様の効果が見られるのでしょうか。この点については長南・井上(1998)が検討しています。この研究は、日常のコミュニケーション手段に手話を利用しているろう学校高等部の生徒24名の日本語文章記憶に関して実験を行い、特にリハーサル方略の効果について検討したものです。まず予備調査を行い、自発的なリハーサル場面を設定してどのような方略がリハサルに利用されるのかを観察しました。その結果、(1)手話口形方略(2)口形方略(3)暗唱方略(4)音声方略の4種類の方略がリハーサルに利用されていることがわかりました。このことから、調査対象者は口話法による指導を受けてきたものの、自発的に手話という方略も利用することが明らかになりました。また、予備調査の記憶成績に基づいて対象者を上位群と下位群に分け、利用した方略について検討したところ、両者が主として用いている方略に違いがある可能性を否定できないことも示されました。つまり、上位群は手話口形方略を利用する者が多い傾向にありました。そこで、下位群に上位群が用いていた方略を利用させた場合、記憶成績に向上が見られるのではないかと考え、また両群とも予備調査で観察された他の方略を利用させた場合、方略間の記憶成績に違いが見られるのかどうかを検討する必要があると考えました。そこで、予備調査で観察された4つのリハーサル方略を記憶課題のなかで指示するという実験を行ってみました。その結果、上位群はどの方略を用いても再生成績に差は見られず、また下位群は、手話口形方略を利用したリハーサルを行った場合のみ上位群と差がなくなることがわかりました(図3)。このことから、予備調査で下位群に分類された者が新しい記憶方法を知ることにより学習が促進されていることが明らかとなりました。これは下位群についても、被験者の既有知識である手話という手の筋運動感覚情報の利用が再生成績を向上させたものと考えられます。このことは、再生中に手を動かして再生したり、課題文章を忘れると手を動かして忘れた部分を思い出していたりした者が上位群にも下位群にもいたことからもうかがえます。
もう1点、この研究で観察された興味深い行動は、手話口形方略を利用した被験者のほとんどが、課題文章を記憶し始めるときには日本語対応手話と口形を利用するものの、課題文章の記憶が進むにつれて徐々に手話を使用しなくなり、口形のみでリハーサルを行うようになるということでした。その理由を尋ねると、被験者は、「文章を覚えてしまったら、手話を使うのは面倒だから」と述べていました。このことは、聴覚障害者が日本語を記憶する際には音韻的に符号化しているということと、日本語対応手話という手の運動プログラミングは音韻的符号化の初期段階において促進的に機能するということの2点を示唆しています。つまり、手話という手の運動がもっ、日本語への記憶の促進という効果も符号化の処理過程全体に等しく働いているわけではなく、もしかすると音韻的符号化の過程により異なっていることが考えられるわけです。このことは、現時点でこの研究から確定的に述べることはできないので、今後の検討課題になるでしょう。また、内省報告を見ると、「聞いて覚えたい」と考えていた被験者もいました。この被験者の聴力は右93dB,左82dBであり高等部ではじめてろう学校に入学し、それ以前は聞こえる者と聴覚を利用してコミュニケーションすることが多い人でした。この被験者の場合、日常的に聴覚を利用していることから他の被験者とは異なり、聴覚を活用する方法が効果的であると考えられ、また本人もそのことを自覚しているようです。この研究結果は、聴覚を日常的に活用している聴覚障害者は音声の利用が記憶を促進するというBebko(1984)の知見と一致します。
以上のことは、Locke(1970)が、聴覚障害者の記憶手段には個人差があると指摘した事柄と大いに関係しており、結局、日常のコミュニケーシヨン手段が有効なリハーサル方略の個人差を規定する1つの要因であるといえます。さらに、長南(2001)は、キュードスピチで指導を受けた経験を持つ聴覚障害児を対象に長南・井上(1998)と同じ手続きの実験を行いました。結果は、キュードスピチも自発的なリハサル方略の1っとして用いられること、またそれを用いることにより記憶成績を向上させる者がいたことが示されました。このことからキュードスピチという手の運動が日本語の記憶を促進することがわかり、改めて日常のコミュニケーション手段と記憶方略との関係の深さが確認されました。
以上のように、聴覚障害者の手話と日本語の記憶に関する研究の結果は次のようにまとめることができます。(a)短期記憶から長期記憶への転送を行うリハサル方略との関連で検討がなされてきた、(b)リハサル方略は聴覚障害者が用いる日常のコミュニケション手段と関連がある、(c)手を使う運動が何らかの理由で日本語の音韻的符号化を促進する者もいる、(d)まだ確定的ではないが、音韻的符号化の過程において手の運動が果たす役割に違いがありそうである。
ところで、言語は人間の脳にイメージを形成しますが、手話を用いた場合、手話とイメージ、さらには日本語とそれらの記憶における関係はどのようになっているのでしょうか。次に、このことについて、長南(2004)の研究結果からみていきたいと思います。

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