5.手話の種類とその理解

これまで本章では手話にいくつかの種類があること、また聴覚障害者の中にはそれらの手話をコミュニケションの条件に応じて表現し分けていること、しかし最近では日本語対応手話のみを用いる聴覚障害者が増加していることなどを述べてきました。では異なった表現形式をもっ手話は、それぞれどのように聴覚障害者には理解されているのでしょうか。これについて、ほとんど実証的な研究はなされておらず、「日本手話はわかりやすい。」「中間型手話や日本語対応手話は、挨拶程度ならばわかるが、話が長くなるとわかりにくい。」とか、「日本手話も見てもなんだかよくわからない」「日本語対応のほうがわかりやすい。」という聴覚障害者の感想が述べられ、その内容についてもわかりやすい手話の種類に個人差があるようだということが述べられてきた程度でした。聴覚障害者の手話理解に関するこれまでの研究といえば、口話による表現方法と音声に対応した手話表現を聴覚障害者に提示して、手話と口話の伝達効率を比較検討した米国の研究が主なものだったからです(Klopping,1972;White&Stevenson,1975;Pudlas,1987)。つまり手話の種類と聴覚障害者の理解の関係やそのことに関連する要因の研究は、これまでほとんど行われてこなかったのです。
そこで、長南(200lb)は日本手話、中間型手話、日本語対応手話が、聴覚障害者の手話表現の理解の程度やその過程を明らかにしようとしました。この研究では、日本手話の理解は、聴覚障害者の手話能力に規定され、また中間型手話、日本語対応手話は、これらの表現方法が、日本語を手指で表現したものであるため、その理解は日本語能力に規定されるものという考えに立ち、手話表現の理解が、これらの被験者の属性との間で差が見られるかどうかを検討したものです。なおこの研究では、中間型手話の刺激文を日本語対応手話のそれとは別に提示しました。それは、先にも述べた様に中間型手話と日本語対応手話では、格の表示方法に違いがみられ、このことが手話の文の理解に関係すると考えたためです。本研究の実験参加者は、ろう学校高等部に在籍する生徒35人で、手話能力と日本語能力に従って群に分けられました。手話能力については、長南(1999)の手話表現評価尺度の総合得点を基に平均得点(52.5点、標準偏差14.5)よりも高い得点を得た者を上位群、低い得点を得た者を下位群としました。日本語能力については、標準化された検査を行い、偏差値の平均(52.7、標準偏差9.8)より高い者を上位群、低い者を下位群としました。各基準を基に手話上位日本語上位群、手話上位日本語下位群、手話下位日本語上位群、手話下位日本語下位群の4群に分けられました。実験に用いられた刺激文は、手話の変化動詞を含む文(2語から3語により構成された単文)を日本手話、中間型手話、日本語対応手話で表現した手話を5文ず、っと手話の無変化動詞を含む文(2語から3語により構成された単文)を日本手話、中間型手話、日本語対応手話で表現した手話を5文ずつ、さらに複文(5語から6語で構成された文)を日本手話、中間型手話、日本語対応手話で表現した手話を5文ずっとしました。解答はワークシトの4つの絵から課題文と意味的に等価な絵を1つ選択するという方法でした。
(図10)に理解テストにおける得点の平均と標準偏差を実験参加者の群ごとに示し、(図11)には理解テストにおける回答所要時間の平均と標準偏差を実験参加者の群ごとに示します。まず変化動詞を含む文の結果ですが、手話上位日本語上位群、手話上位日本語下位群は、日本手話による得点が高く回答所要時間も短いことから、この2群は日本手話が理解しやすいといえ、ただし手話上位日本語上位群は日本語対応手話による得点も高いことから、この群は、どちらの表現でも良くわかる群であるといえるでしょう。また、手話下位日本語上位群は日本語対応手話による得点、のみが高いことから、日本語対応手話が理解しやすい表現であるといえます。手話下位日本語下位群は、どの表現を用いても理解しにくいようです。中間型手話は、4群のほとんどすべての被験者の得点が低いことから、すべての群の者にとって理解しにくい表現方法であるといえるでしょう。誤答を分析すると、手話上位日本語上位群の中間型手話、手話上位日本語下位群の中間型手話と日本語対応手話において、「男が女をしかる」という意味の手話を、「男と女がしかられている」という意味にとりちがえることがわかりました。つまり、変化動詞の特徴である手話の運動の方向による格関係の表示をなくすと、聴覚障害者は、文の格関係を同定できなくなるようです。しかし、日本語対応手話では指文字が格関係を表示したので、日本語能力の高い者にとっては、それが文中の各項の意味的役割を理解する手掛かりとなり、理解テストの得点を高めたものと考えられます。
以上のことから、聴覚障害者は、理解しやすい手話の種類に個人差があることが実証的に示されたということができるでしょう。また、回答所要時間の分析からは、日本手話の理解に要する時間と中間型手話、日本語対応手話の理解に要する時間に違いがあり、これは中間型手話と日本語対応手話の理解に際して、手話を日本語に変えて理解しているためと考えられます。このことは、実験中に被験者が中間型手話と日本語対応手話を見ているときは、口を動かし、手は動かしていなかったという行動からも裏づけられます。
無変化動詞を含む文においても手話能力や日本語能力が手話文の理解を規定していること、文末指さしという日本手話独特の表現を省略すると聴覚障害者の中には手話の文中における各項の意味的役割の同定がむずかしくなること、手話を日本語に変えて理解している者がいることなど、変化動詞を含む文で明らかにされた事柄とほぼ同様の結果が得られました。ただし、複文については、変化動詞を含む文、無変化動詞を含む文にお
いて日本手話、日本語対応手話の双方に理解テストで高得点を示した手話上位日本語上位群でも、複文においては理解テストの得点は高いものの、回答所要時間では他の文型と異なり、日本語対応手話の回答所要時聞は、他の群の回答所要時間よりも長い時間を要していました。また誤答分析から、複文ではその文法的特徴である関係節を示す小さなうなずきをなくし語順を日本語の語順にそって提示してしまうと、聴覚障害者は文の意味をとりちがえ、特に文頭の名調を動作主ととらえることもわかりました。
この研究からはで日本手話をもっとも良く理解する者や、日本語対応手話をもっとも良く理解する者、そのどちらをも理解できる者や、どちらをも理解できない者がいるなど、わかりやすい手話には個人差があり、その違いには、聴覚障害者の手話や日本語能力の影響、また文の構造の複雑さが関連しているということが示唆されます。

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